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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)93号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 西武建設株式会社

右代表者代表取締役 堤義明

右訴訟代理人弁護士 中島忠三郎

同 遠藤和夫

同 丸山一夫

同 辻本年男

被控訴人(附帯控訴人) 白麦米株式会社

右代表者代表取締役 長沢重太郎

右訴訟代理人弁護士 戸田善一郎

主文

本件控訴および附帯控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の附帯控訴費用は附帯控訴人(被控訴人)の各負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人)(以下控訴人という)代理人は「原判決中控訴人勝訴の部分を除きこれを取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴につき附帯控訴棄却の判決を求めた。

被控訴人(附帯控訴人)(以下被控訴人という)代理人は控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として「原判決中被控訴人敗訴部分のうち金八五万円およびこれに対する昭和三五年八月二五日から支払ずみまで年五分の金員の支払請求を棄却した部分を取消す。控訴人は被控訴人に対し金八五万円およびこれに対する昭和三五年八月二五日から支払ずみまで年五分の金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の提出、援用、認否は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一、控訴人の委任した執行官が昭和三一年六月一二日被控訴会社内において本件仮処分の執行をした峡南式高速度麦粒切断機(新型機)一一台は、訴外小川治郎の申立てでなされた昭和三〇年一一月一日の証拠保全による検証の際に存在していたものであって、本件仮処分執行の際にも証拠保全の検証の際と同一の状態にあったものである。

二、仮処分命令の執行は執行官の責任と権限において行なわれるものである。控訴人が虚偽の主張をなし不正に仮処分命令を得て執行を委任したことにより執行が誤っていたということであれば、控訴人に責任があるが、本件において控訴人は虚偽の主張を絶対にしていないのである。本件においては本件仮処分執行それ自体につき控訴人、被控訴人に過失があるかないかが重要判断事項と思料するのであるが、執行調書ならびに原審および当審証人市川照己、同畑耕蔵の証言のごとく、控訴会社代理人および執行補助者は執行を委任し、執行して下さいと述べただけである。仮に被控訴人主張のように、証拠保全手続の際の機械と本件執行を受ける際の機械が別異のものであったとすれば、執行官にはいとも容易に別異かどうかの判断ができるはずである。もし執行が違法であるということであれば、執行官に過失があったことになるのであって、その執行の責任は執行官ないし国が負うべきものである。

三、かりに控訴人に過失があったとしても、それは被控訴人の過失に起因するものであるから相殺されなければならない。すなわち、本件仮処分執行官植松光忠の仮処分調書即ち執行調書には次のような記載がある。「債務者専務取締役長沢守一帰社し本件執行に立会い只今御取調になった十一台及五台の機械は債権者の申立ある登録第四三五、〇四六号実用新案権の権利範囲には属せないものであると申出ありたるに依り債権者代理弁護士及執行補助員たる債権者の技術員畑耕蔵に右申出を告げ意見を求めたるに新案権の権利範囲に属するものであると申出あった、立会精麦課長より鰍沢簡易裁判所に於て証拠保全した際の機械と現在品とは同一物件であると最初申出あったが、其後之を訂正し、本機は同一物件であるが其後本町内入倉鉄工所をしてローレットは取替え本件の実用新案権とは全然別のものであると訂正申出あった。依而本職は債務者会社の本店工場内に現在白麦製造に使用中の一一台の機械竝に工場内に取外しありたる五台の各機械に対する債務者会社の占有を解き本職の保管に付すと告知した。」と調書上記載されている。この点からも明瞭のように被控訴会社の社員である精麦課長長沢守久が仮処分の執行に立会い執行官に対し鰍沢簡易裁判所において証拠保全した際の機械と現在品とは同一物件であると申出のあったことは看過できないことで、この申出があったからこそ執行官に対し控訴会社の社員も右に添う意見を開陳したものであり、執行官も長沢守久の言葉を信じて執行したものと思料される。そもそも被控訴会社は控訴会社の前主小川治郎よりその製造にかかる登録第四三五、〇四六号実用新案権の実施機械を購入し、該機械を分解の上検討し、右実用新案権を侵害する模造品を製造販売しているという事実を確めたので、右小川治郎において鰍沢簡易裁判所に証拠保全手続の申請をなし、該証拠保全における検証調書中にも被控訴会社の機械が右実用新案権を侵害していると思料される記載もあり、さらに鑑定人河野克己の鑑定書には被控訴会社の機械が「登録第四三五、〇四六号実用新案権実用新案の名称殻粒切断機に於ける送転輪の権利範囲に属するものと鑑定する」旨の記載があるので、これによっても明瞭のごとく証拠保全の対象となった被控訴会社の機械は右実用新案権を侵害する機械と見るのは当然であったところ、前記精麦課長長沢守久が、「証拠保全した際の機械と現在品とは同一である。」旨述べたことにより本件執行がなされたのであるから、仮に執行が不適法としてもその執行は被控訴会社社員の過失によってなされたものであり、被控訴会社においてその責を負わなければならないのである。

さらに記述するに前記仮処分執行調書中にはその記載の内容に若干相違の点がある。植松執行官はその執行に際し、まず立会人となった長沢製麦課長に証拠保全にかかる物件との関係をたずねたところ、同課長がまさに執行を受けんとする現在品と右証拠保全を受けた物件とが同一物件であるとの陳述がなされたので、執行官は控訴会社の立会人には特にそのことにつき意見を求めず執行に着手し該執行を終了し、その執行場所であった工場より本社事務所に引き揚げ、植松執行官が調書作成にかかろうとした際、外出中の被控訴会社専務取締役長沢守一が帰社し、声を荒げて製麦課長を叱りつけ、かつ本機は同一物件であったが、その後本町内入倉鉄工所をしてローレットは取り替え控訴会社の実用新案権とは別のものであるので調書にその旨記載されたいと強く申出られたのである。そこで控訴会社の立会人より執行官に、入倉鉄工所でローレットを取替えたのなら、代金支払の領収書なり証拠品を提出させ調べてもらいたいと申出たところ、被控訴会社の長沢専務取締役はその方法をとらず、製麦課長を叱りつけたり、執行調書中に、ローレット取替えの申出のあった旨記載されたいと強く主張するのみであったので控訴会社立会人は既に執行は終ってはいたが調書への右申出記載の点につき、あえて反対しない旨述べたところ若干調書はまげられて、すなわち、現実の執行中右申出があったように、誤って執行調書が作成されるに至ったものである。それはともあれ、ローレット取替の事実の疎明がその場でなされたならば、執行官はおそらく取り止めるかあるいは執行がなかったことにしたと信ずるのであって、被控訴会社において、ローレット取替の事実を疎明しなかったということは、被控訴会社に重大な過失が存したということなのである。よって、この点をもあわせ、被控訴会社の主張の損害額につき仮定抗弁として過失相殺の主張をなすものである。

四、(被控訴人の主張第三項について)被控訴人主張の手数料および報酬の支払がなされた事実は知らない。

(被控訴人の主張)

一、(控訴人の主張第一項について)切断機そのものは証拠保全による検証の際に存在していたものであるが、その後誘導ロールが取替えられていたものである。すなわち、証拠保全の際には、切断機の誘導ロールの溝の形状が断面状のもの(新型機)八台と断面波形状のもの(旧型機)九台とがあった。証拠保全の後仮処分の時までに、旧型機は全部取りはずされて新型機が三台補充され、仮処分のとき運転していた機械一一台はすべて新型機であり、誘導ロールの溝の形状は断面状のものであったが使用している間には溝の底に麦糠等がこびりついて該底部に多少の歪みが生じたので溝の底面を修理(掃除)させた。従って仮処分のときに運転していた機械一一台の誘導ロールの溝の形状はすべて断面状のものであった。

二、(控訴人の主張第三項について)控訴代理人市川照己は、本件仮処分の申請前に証拠保全の一件記録を精査し該一件記録中に含まれていた証拠保全調書および同主要部分見取図(三)を検討したのであるから、市川は証拠保全のときに被控訴会社の機械一七台のうち八台の機械の誘導ロールの溝の形状は断面状のもので他の九台の機械の誘導ロールの溝の形状が断面波型状のものであったことを知っていた。従って、執行官の執行補助者として執行官に随行してきた右市川および執行補助者畑耕蔵は執行の対象たる被控訴会社の現に運転していた一一台の機械の誘導ロールの溝の形状を点検して該溝の形状が仮処分命令書に記載されている「波型状の溝」であるかどうかを確認した上でなければ執行ができないはずである。しかも該機械の運転していた切断室で被控訴会社精麦課長長沢守久および同会社専務取締役の長沢守一から該機械一一台の誘導ロールの溝の形状は波型状ではなく断面状のものであることを説明され、とくに長沢守一が断面状であることを床の上に数回にわたって書いて説明し、予備の誘導ロールがすぐ傍に置いてあるのを示し、誘導ロールの溝の形状が断面状であって仮処分命令に記載されている「波型状の溝」ではないことを再三再四説明したにもかかわらず、予備の誘導ロールも運転中の機械の誘導ロールも見ようともしなかった。以上のような事実関係の下において執行前に市川が長沢守久に証拠保全のときと同一の機械であるかとたずねたのに対し、長沢守久が同一の機械であると答えたとしても同人がそのような返答をしたことが控訴会社の過失による不法な執行に対しその責任を分担しなければならないというような関係になることは絶対にない。従ってまた、証拠保全のときからあった新型機の誘導ロールの溝の底が機械を使用している間に麦糠等がこびりついて多少歪みを生じたので証拠保全後仮処分の執行までの間に入倉鉄工所へ依頼し誘導ロールを機械からはずして該誘導ロールの溝の底を修理させたときの代金の領収書等を被控訴会社の者が、執行官もしくは控訴会社代理人に示さなかった(これを示せという要求がなかったことは勿論である)としても、かかる領収書等を示さなかったということが控訴会社の過失による不法の執行について責任を分担しなければならない関係になるということは絶対にない。要するに控訴人の過失相殺の主張は全く理由がない。

三、本件実用新案(登録第四三五、〇四六号)は被控訴会社より、昭和三一年五月四日無効審判を請求され、同年一一月一六日特許庁より、その登録を無効とする旨の審決が言渡され、控訴会社より該審決を不服として特許庁に対し抗告審判の請求をしたが昭和四〇年六月二五日特許庁より控訴会社の該抗告審判の請求は成り立たない旨の審決が言渡され、控訴会社は該審決を不服として東京高等裁判所に該審決の取消を求める訴を提起したが、東京高等裁判所より昭和四五年四月二八日控訴会社の請求を棄却する判決が言渡され、さらに控訴会社は右判決を不服として最高裁判所に右判決の全部破棄を求める旨の上告をしたが最高裁判所第二小法廷より同年一一月六日上告を棄却する判決が言渡され、該判決正本は同月八日ころ両当事者代理人に送達された。よって本件実用新案を無効とする審決が確定し、実用新案法第四一条特許法第一二五条により本件実用新案権は初めから存在しなかったものとみなされることになった。

ところで、右に述べたとおり本件実用新案に対して被控訴会社から無効審判が申立てられたのは昭和三一年五月四日であり、同年五月一一日に特許庁から該審判請求書が控訴会社の前主たる訴外小川治郎外三名に対し発送された(とくに特許庁からの発送日が同年五月一一日となっている点参照)。ところが、同年五月一八日に本件実用新案権が右訴外人等から控訴会社に譲渡された(乙第九号証の一の仮処分命令申請書の申請の理由の二項参照)。よって前記本件実用新案無効審判請求書も同年五月一八日に控訴会社に引きつがれた。このことは控訴会社が右審判事件の被請求人として応訴してきており、右審判事件の審決書に被請求人として表示されていることに徴し明らかである。してみると控訴会社は本件実用新案に対し無効審判が申立てられており、あるいはこの実用新案権が無効になるかも知れないということを承知の上で昭和三一年六月一一日に本件仮処分の申請をしてきたのであり、そして本件実用新案の無効であるとの審決が確定したのであるから控訴会社は本件仮処分の申請、仮処分の執行、仮処分異議の応訴、執行方法異議の応訴の一連の不法行為について過失の責任を負わねばならない。

従って、控訴会社は被控訴会社が提起した仮処分異議申立事件およびこの判決に対する控訴事件に要した弁護士費用を被控訴人に対し賠償しなければならない。被控訴人は、甲府地方裁判所昭和三一年(モ)第二二二号仮処分異議申立事件の第一審手数料および報酬としてその委任した弁護士に対し合計金一一一万一、一一〇円を右事件の判決言渡のころ支払い、さらに右第一審判決に対し本件の控訴人から控訴の提起があった当時、控訴審の手数料および報酬として被控訴人の委任した弁護士に対し合計金一一一万一、一一〇円(甲府地方裁判所昭和三一年(モ)第二一六号執行方法異議申立事件の抗告審における手数料および弁護士に対する報酬をも含む)を支払った。

よって右のうち仮処分異議申立事件の第一審手数料金三〇万円、謝金金三〇万円および同事件の控訴審の手数料および謝金合計金二五万円、以上総計金八五万円(原審鑑定人江沢義雄の鑑定書記載の額)およびこれに対する本件訴状が控訴人に送達された日の翌日である昭和三五年八月二五日から右支払ずみまで年五分の割合による金員をさらに支払うべきことを求める。

四、原審でした無過失責任の主張は撤回する。

(証拠の関係)≪省略≫

理由

一、当裁判所は当審における弁論および証拠調の結果を斟酌しさらに審究した結果、被控訴人(附帯控訴人)の本訴請求は、原判決認容の限度において正当としてこれを認容すべきものと判断するものであり、その理由は次のとおり附加訂正するほかは原判決の理由と同一であるから、その説示を引用する(但し原判決理由中無過失責任の主張について判断した部分すなわち原判決二七枚目裏九行目から二八枚目表六行目までを削除し、同五二枚目裏一行目「右訴訟行為に起因して」とあるのを「このような過失にもとづく違法な執行を排除するために」と訂正し、同五三枚目裏一行目「証拠はない。」の項に「もっとも右損害はたんに本件仮処分執行のためのみでなく、控訴人の本件仮処分の申請および仮処分決定の取得によるものであることはうかがいうるが、両者の影響を分別しえず、かつ前者だけでも同様の損害のありうべきことを考えれば、右の金額を本件違法執行による損害と相当因果関係あるものとするのは不当ではない。」と、同五四枚目表一一行目「いうべきである。」の次に「右金額についても前記(三)と同様である。」と各加入する)。

二、控訴人はその委任した執行官が昭和三一年六月一二日に被控訴会社内において仮処分の執行をした峡南式高速度麦粒切断機(新型機)一一台は訴外小川治郎の申立てでなされた昭和三〇年一一月一日の証拠保全による検証の際に存在していたものであって、本件仮処分執行の際にも証拠保全の検証の際と同一の状態にあったものである旨主張するので、先ずこの点について判断するに、≪証拠省略≫によれば次の事実を認めることができる。右証拠保全における検証は山梨県南巨摩郡増穂町最勝寺一、三五一番地所在の峡南精粉株式会社(被控訴会社の前身)の精麦工場二階において行なわれたが、当時右場所には白麦米の製造機械が二列に計一六台、一列八台宛整列して設置され、使用運転中であり、さらに一台が同二階の南端に取り除けられて運転を休止していた。右一七台中には明治機械株式会社なるネームプレートをつけた峡南式高速度切断機(いわゆる新型機)八台とネームプレートのない形式の異なる九台の機械(いわゆる旧型機)があった。右峡南式高速度切断機の誘導ロールの構造は直径約三〇センチメートル長さ約六五センチメートルの金属より成る円柱型であって右円柱の円周面上に幅約四・四ミリメートル深さ約四・五ミリメートルの溝が一二〇条にわたって刻設されており、右溝の形状は断面型状であった(証拠保全調書には「前記溝の底部内面は肉眼をもってしてははっきり判別できないけれどもややゆがみ、即ちU字型をなしておる如く見受けられた」と記載してあるが右調書の指示する別紙記載見取図(三)(D1)によれば型状であることが明瞭に認められる。)。また右八台と形式の異なる機械九台が内蔵する誘導ロールの溝は、同じく右調書の指示する別紙見取図(三)(D2)によれば波型状であることが認められる(なお、右峡南式高速度切断機の溝が型状であることは、東京高等裁判所昭和三二年(ネ)第一、九六〇号実用新案権侵害禁止仮処分異議控訴事件において実施された検証の検証調書(乙第二〇号証)によっても認めることができる)。ところで右のうち旧型機は本件仮処分後昭和三〇年一一月下旬に全部取りはずして運転を休止し(このことについては前掲乙第二〇号証によっても認められる)、かわりに新型機を三台補充した。さらに従来使用していた新型機は誘導ロールの溝に麦糠が付着して、歪んだように見えるので、これをはずして溝の底を掃除整備させた。以上のとおり認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右に認定の事実によれば本件仮処分の際に被控訴会社の二階の切断室に置かれていた機械はすべて誘導ロールの溝が型状であったのに対し、本件仮処分決定の主文第一、第二項によれば、右仮処分決定において債務者の占有を解き執行官(当時執行吏)に保管を命じた機械は右決定添付別紙目録記載のとおり「誘導ロールの表面に設けた波型状の溝」を有していたものであるから、右仮処分執行の際に新型機に対して執行したのは植松執行官の執行補助者で控訴会社の技術員であった畑耕蔵の過失に基づくものであることは、原判決中に認定のとおりである。

三、次に控訴人は、かりに控訴人に過失があったとしても、それは被控訴人の過失に起因するものであるから相殺されなければならないと主張するので、この点について判断する。

≪証拠省略≫によれば次の事実が認められる。

本件仮処分の際、被控訴会社の専務取締役長沢守一の帰って来るのを待ちながら、被控訴会社の応接室で、被控訴会社の精麦課長長沢守久が前記植松、市川および畑と応待している最中に、市川が「切断機は前に証拠保全をしたときのものと同じですか。」とたずねたので、守久は、「同じである。」と答えた。それから、しばらく守一を待っていたが市川から「時間がないから工場を案内してもらいたい。」といわれ、切断室に三人を案内した。市川は現場を見て「証拠保全のときは一七台あったが残りはどうしたのか。」と守久にたずねたので、守久は「六台は取りはずして階下に置いてある。そのうち一台は分解して形はない。現在どこにあるか分りません。」と返事した。このとき守一はまだ来なかったが、植松は切断機の西側の壁に寄りかかって封印らしきものを書き始めた。守久は植松に「専務の来るまで待ってくれ」と頼んだ。その時三人の居たそばに保管中の登録第四三五、〇四六号の機械(日本白麦販売株式会社製造のもの)が置いてあったので、守久は、それを指差しながら、「現在被控訴会社で使っている機械はこれと構造その他あらゆる点で違いますよ。」と説明したが、市川はこれに対して何もいわなかった。その頃出先から帰って来た守一は守久から仮処分決定書を見せられ、すぐに守久と共に切断室へ上ったところ入口附近に前記三名が居たので、その傍に近寄って、自分がこの会社の専務取締役であると名乗り、私のところにあるのは登録第二一五、五二一号の機械であるのに、どうして登録四三五、〇四六号の機械として執行するのか、明らかに機械が違うではないかと強く抗議し、すでに守久が示した前記登録第四三五、〇四六号の機械を指差して、これと比べてほしい、足許には作動中の機械の予備ロールもあるから、見れば分るように今動いている機械の誘導ロールの溝は型状であると大声をあげて説明したが市川も植松執行官も両方の機械を比べて調べることはしなかった。さらに守一は床に麦糠が散乱して白くなっているところに、波型(U字型)と型の図を指でいくつか書いて示すなど、約二、三〇分押問答をしたが、市川は、そういうことをいわれても、われわれには分らないと答え、仮処分決定の書類らしきものを右手でふりかざして、三〇〇万円の保証金を供託してあるのだからと述べた。植松執行官は守一をなだめるように、しかたがないですよと声をかけた後、市川と畑に二度ほど、どうしますかとたずねたところ、畑が市川と植松執行官に向って、やってくれと手ぶりで返事した。植松執行官は、守久にモーターを止めるよう命じたので、守久がモーターの後方にあるスイッチを切り、畑が六番機のベルトをはずして執行がはじめられた。以上のとおり認められ(る。)≪証拠判断省略≫

ところで≪証拠省略≫によれば、畑耕蔵は控訴会社が株式会社復興社と称していた当時その社員であって東京都北多摩郡清瀬町の秋津工場で精麦の製造や機械関係の指導に当っており、訴外小川治郎が実用新案権を有する登録第四三五、〇四六号の精麦機についても熟知しているのみならず、畑自身も実用新案権を四つ持っており、また本件証拠保全の関係書類については特に関心を持って全部調べており、右証拠保全鑑定人河野克己にも会い右証拠保全のときの話を聴いたり機械のことについて教示を受けており、さらに本件仮処分については市川と共に特許公報やその他の資料収集を行なっているなど、登録第四三五、〇四六号の機械については十分な専門技術的知識を有していたものと認められる。畑が右のごとき技術上の知識を有していた以上たとへ本件仮処分執行の際、被控訴会社の精麦課長が証拠保全の際と同一の機械が置いてある旨述べたとしても、右発言が畑の機械についての技術的な認識や判断を誤まらせる決定的要因となったとは到底考えることができない。まして、前記認定の如く守久自身当時作動中の機械が登録第四三五、〇四六号の機械と誘導ロールの溝の形の点で異なることを述べているのみならず、守一がきわめて明確な挙措動作で、本件執行が対象を誤まっていることについて前記三名の注意を喚起しているのにもかかわらず、前記三名特に畑は執行の対象とすべき機械と当時作動中の機械との間の差異の有無について慎重に調査すべきであったのにそれをしなかったのであるから、右守久の、機械が同一である旨の返事があったことの一事をもって本件不法行為における賠償責任の有無およびその額を定めるにつき斟酌すべき過失が被控訴会社にあったと断定することはできない。

なお、控訴人は証拠保全の時以来使用していた新型機の誘導ロールを入倉鉄工所において修理したのであるなら、その代金支払の領収書を提出せよと述べたのに何の返事もなかったことおよび誘導ロールの溝が修理整備されている事実が疎明されておれば執行は取止めたか執行がなかったと信ずる旨主張するが、右に認定の事実関係の下においては代金支払の領収書その他の疎明書類を提出するまでもなく被控訴会社の専務取締役であった長沢守一が仮処分決定主文表示の機械と執行の対象となった現に作動中の機械とが溝の形状において異なることを保管中の登録第四三五、〇四六号の機械を示して十分説明したものと認められ、植松執行官や市川、畑らは長沢守一の説明を現物と比較対照して検討する努力を怠ったのであるから、控訴人の主張する疎明がなされなかったからといって、直ちに、不適法な執行についてその責任を被控訴人が分担すべき関係にあるとは判断できない。よってこの点に関する控訴人の主張も理由がない。

四、控訴人は、もし本件仮処分の執行が違法であるとすれば執行官に過失があったことになるのであって、その執行の責任は執行官ないし国が負うべきものであると主張するが、当裁判所は、本件仮処分執行の際、仮処分決定主文表示の機械と当時作動していた新型機との同一性に関する誤認は畑耕蔵の不注意によるものであると判断するものであって、植松執行官が右主文表示の機械と別異なものを差押えた原因は畑および畑の意見に従った市川の過失にあり、控訴人には畑の選任・監督上の過失があり、従って、控訴人は民法第七一五条により畑の過失に基づく本件仮処分の執行から始まる訴訟行為によって被控訴人側に生じた損害を賠償すべき義務があることは、右に引用した原判決の説示するとおりである。

執行官がその職務を行なうについて故意又は過失によって違法に債権者その他の関係人に損害を加えたときは、国家賠償法の定めにより国がこれを賠償する責に任ずべきことは言をまたず、本件仮処分においては畑の過失を原因とし植松執行官により不適法な執行行為が行なわれたものであることは右に判断したとおりである。しかして、仮処分決定の執行は厳に右決定主文の命じたところに従うことを要しこれに反すれば違法の執行であることは多言を要しないところであって、およそ仮処分の執行に当っては相当の範囲において種々の判断を委されている執行官が独自の責任を負うべきであるが、本件のごとき係争の実用新案権に関する専門的知識を必要とする仮処分執行にあっては控訴人主張のごとく執行官にのみ執行の責任を負わせることは妥当ではなく、就中、本件事案の状況の下では控訴会社の技術員であった畑の指示がなければ執行官がその職務の執行をしなかったであろうことも推量するに難くないのである。

よって、本件事案における不適法な執行については、控訴会社と国の被控訴人に対する賠償責任が少なくとも不真正連帯債務の関係において併存するものと解することができるとして、控訴人が別途植松執行官の責任を訴求するのならば格別、本件においては、右執行官ひいては国の責任の有無または大小によって、右に示した畑の過失および控訴人の責任に対する判断は左右されるものではないから、控訴人の主張は、これを採用するに由ないものというべきである。

五、被控訴人は、控訴会社が本件実用新案に対し無効審判が申立てられており、あるいはこの実用新案権が無効になるかも知れないということを承知の上で昭和三一年六月一一日に本件仮処分の申請をしてきており、そして本件実用新案が無効であるとの審決が確定しているのであるから、控訴会社は本件仮処分の申請および仮処分異議の応訴についても過失の責任を負わねばならないと主張するのでこの点につき判断するに、≪証拠省略≫によれば、本件実用新案(登録第四三五、〇四六号)については、峡南精麦製粉株式会社代表者長沢重太郎を請求人とし、被請求人を小川治郎、高松貢、小沼常一、久都内久蔵として特許庁に対し、昭和三一年五月四日、右実用新案登録無効の申立がなされ、右審判請求書は同月一一日に特許庁から右小川治郎ほか三名に対し発送されたこと、同月一六日特許庁は右登録を無効とする旨の審決を言渡したが、右審決における審判被請求人の表示は株式会社復興社代表者岡野関治となっていること、右株式会社復興社(控訴会社の前身)は右審決を不服として特許庁に対し抗告審判の請求をしたところ、特許庁は、昭和四〇年六月二五日右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決を言渡したこと、控訴会社は右審決を不服として、東京高等裁判所に右審決の取消を請求する訴を提起したが、東京高等裁判所は昭和四五年四月二八日、控訴会社の請求を棄却する旨の判決を言渡したこと、控訴会社は右判決を不服として最高裁判所に右判決の全部破棄を求める旨の上告をしたところ、最高裁判所第二小法廷は同年一一月六日右上告を棄却する旨の判決を言渡したこと、本件実用新案権は控訴会社の前身である株式会社復興社が昭和三一年五月一八日小川治郎らから譲渡契約により譲り受け、かつ同月二一日移転登録手続をなしたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、被控訴人主張のとおり、控訴会社は、本件実用新案に対し無効審判が申立てられていることを承知の上で昭和三一年六月一一日に本件仮処分の申請をしたことが認められる。しかし、当裁判所も前記引用の原判決理由説示と同様控訴会社の本件仮処分の申請には相当の理由があり、当時の控訴会社代表者岡野関治には過失がなかったものと判断するものであって、このように控訴会社は本件仮処分の申請について相当の理由ありと認められるような事由を有していたものであるから、たとえ右仮処分申請の際に相手方から登録無効審判の申立がなされていることを知っていた事実があったとしても、その一事によって直ちに右仮処分の申請行為につき過失があったものとすることはできないのみならず、仮処分の本来もつ仮定性、暫定性にかんがみれば、その被保全権利がたんに争われているというだけで、その段階において右権利の将来の成行に関し詳細な検討をし、その存否について窮極の判断をなすべき特別の注意義務を課することはできないものというべきであって、むしろ控訴会社としては右無効審判申立を知ったけれどもさきに認定したような諸般の事情から右権利は存在するものと判断したと認めるのが相当であり、その判断はもっともであって、その間過失ありとはいいえないものと解するのを相当とする。されば、控訴会社が本件仮処分の申請、仮処分異議の応訴、異議判決に対する控訴およびそれに続く訴訟行為をしたことについて過失があったということはできない。よって被控訴人の右主張は採用できない。

六、よって本件控訴および本件附帯控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 浅沼武 判事 加藤宏 園部逸夫)

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